エッセイ集

第56話 どうなる、ジャパニーズ文化の行く末★~10月(2008年)

 8月の終わりは、いきなり涼しくなったなぁと思ったら、今度はゲリラ雷雨が各地で炸裂(!)
 そしたら何だか、秋雨前線がしみじみと訪れたりして、とっても妙な天気のこの頃ですが…前回のエッセイをサイトアップしたのは、2008年の8月は初旬でした。

静岡は雨に祟られた旅で、これはスーパーで見かけた看板☆

 その後、林邦史朗先生は…今年の大河ドラマである「篤姫」と、2009年度大河ドラマの「天地人」のロケが入り乱れて、そこの処を埋めるべく…8月・9月は殺陣の代講仕事で…なんだか結構に(!)稼いでしまいました…★ (^_^;)
 人に誘われては熱海へ遊びに行ったりして、今年は数年ぶりに念願の海水浴もしたりで、結構充実☆
 また9月には、亡きタ母の三回忌の法要なども執り行いました。
 その関係で、10月には父方の両親(つまり私の祖父母)のお墓参りもして来ましたし、母方の両親のお墓参りも済ませて来ました。
 先祖供養についてだけは、細木数子さんにも誉めてもらえそうなくらいに、今年は頑張っているかもな感じです。 (-_-;)

●ちなみに、私の父の生家は山形県です。

父の実家へ向かう踏切

 父の戸籍を見ますと「七男(!)」とありますから…その兄弟の数に多さは察して知るべし★ 
 その長男はまだ、山形県で曾孫と共に元気に暮らしています。(注:2010年に、亡くなりました)
 今年で95歳になるそうですが、先の第二次世界大戦で…衛生兵ながら満州までも赴き
 その折に鉄砲に撃たれて、未だ体の中に玉が残っているそうですが…何のその、まだまだ頭もしっかりしておられます。 (^_^)/

 …そういえば、以前は例えば…盆であるとか、正月とか。
 一族郎党が、こぞって集っていたそうですが…今ではもう、それは流行らないのですね。 (゜o゜)
 父が亡くなってから、かれこれ20年近くも…父方の親戚とは逢う機会も無かったものですから(何しろ、遠いし★)、私たち兄妹は、とってもご無沙汰をしていた訳です。 

父の故郷近くにある迷(?)所、分水嶺(ぶんすいれい)…用水路がこの地で別れ、ゆくゆくはここから(!)太平洋と日本海へ注ぎ込む…と、この看板にあります…★

 本当は、今回の「亡き母の三回忌の法要」を折に、山形の皆様方にもご挨拶をと…とも思ってはいたのですが★
 …血族とはいえ、余りにも長らく御無沙汰(!)をしちゃっているしで…。
 もしかしたら先方さんも、私たち兄妹が行くのを余り喜ばないかも知れないしで…★
 そうも思いましたから、今回は…こっそりと。
 父方のお墓参りだけを済ませて、もし誰かが(父の兄弟達とか)自宅にいるようなら一応、顔だけ見せて帰ろう、という思いで行ったのです。

●そんな…私たち兄妹でしたが、田舎の人情は厚かった…っ!

分水嶺のウンチク…みんな、ここで記念写真を撮ってました★

 ただ…惜しむらくは10月の三連休ってのは、田舎にとっては稲刈りの時期(!)で、農業を営む山形勢にとっては、とーーーっても忙しい時節だった!! (ー_ー)!!
 …兄妹にとっては、都合が付き易い時期だったのですが…★
 東京モノには、稲刈りの時期を悟る事までは、とっても(!)難しかった…
 山形の親戚筋の皆さま、忙しい時に、本当にごめんなさいでしたっ!! <(_ _)>

●…さて、前回のエッセイでも申し上げましたが(!)

 来年(注:2009年)の7月には、林邦史朗先生の芸能生活50周年記念公演を東京は武蔵野市にあります「前進座劇場」で行なう予定です。
 タイトルも決まって、とっても暮れも押し迫った頃にではありますが…12月28日に「出演者のオーディション」を行なう事となりました。
 ちなみに公演のタイトルは、「名残~NAGORI~」と申します。

分水嶺は、名所・封人の家の側にあり、松尾芭蕉の俳句で有名♡ その迷句は「蚤虱 馬の尿(しと)する枕元」で、あの「奥の細道」に記されています 

 その前哨戦と言っては何ですが、役者さんはもちろん、一般の方にも…日本に残っている侍や忍者の叡智を体験して戴けたらと思い、「ニンジャ&サムライ体験(!)ワークショップ」を、埼玉県朝霞市にあります武劇館で月に1回、行なって(注:2016年4月に終了しました)おります♡ (^_^)v
 …この10月で4回目を数えますが、こういったイベントというのは、やってみるとなかなか面白いものなのですね♡

●第1回目は、何故か武道系の方が集うイベントとなりました。

 それが2回目になりますと、やはり大河ドラマの殺陣師が行なうイベントであるせいか、エキストラなどやったりしている役者志望の方などが多く集い
 3回目は、モデルさん、学生さんにお子様も混じっての広がりを見せて、4回目は参加者メンバーの殆どが一般の社会人…っ! 

新選組ファンの方も来ました♡

 もちろん、日本刀や忍者に興味はあるものの(!)、ここ4回目に至っては、芸能界には無縁の方が集うイベントとなりまして、何だか私にはとーーっても興味深い(!)
 …午前中の「サムライ体験」では、日本刀を通しての体験という事で、武士の座り方刀の扱い方やら所作などなど。
 こちらは、試斬体験が中心なのは勿論ですが、まずは道場にある袴を皆さんに穿いて戴く事から始まります。
 これが、やっぱりと言えばやっぱりなんですけれども…皆さん、「袴を穿いた経験」というのを、お持ちにならない訳でして…。 (^_^;)

●…まぁ、私だって稽古で着るようになって初めて、袴が穿けるようになりました訳ですから★

 さして皆様の前で威張れたモノではないのですが、10月のイベントについては(イベント開始は7月からでした★)林先生が自ら…こんな事を仰る。
「山野サン、今月から袴を穿く時には、ちゃんとした帯を締めてもらう事にするから」
 …その言葉を聞いた時の、私こと山野亜紀の驚愕は、いかばかりなものか…。 (-_-;) 

 え、えぇーーーっ!!
 体験者全員に、袴を着せるだけで毎回大変なのにっっっ!
 前回の役者志望の方が集った会の時でさえ、誰も袴を自分では穿けなかった(!!!)覚えのある…私です…★
 これで、帯締め指導までしていたら、今日のスケジュールは一体どおなる事やら…。

 そして案の定、帯指導難航します…。 (T_T)
 帯の指導は、考えただけでも大変なので、言いだしっぺの林先生にお願いをしてしまいました。
 …すると、どうだ…………っ!
 全員が全員、着物なんか殆ど着た事もないらしく、をなんと(!)ウエストに巻こうとするではないか…っ!

●私も林先生も、

「帯は、腰骨の上に巻くんですよ」
 と言っているのに、どうも…腰骨の上に巻くのが違和感がある(?)のか(それともただ単に、やりにくいからだけなのか…???)
 言っても言っても皆さん、ウエストに巻こうとして下さるのです…っ! (T_T)

帯(俗にいう男帯)は「箱結び」をして、その上に袴を着ますが、ベテランは後手で結びます

 ワークショップのリピーターで、千葉県は流山市で観光ボランティア活動をしている方がまた、こんな事を仰る。
 彼女のグループは、活動をする時には必ず、新選組の衣装で行なうのが会のモットー
 …なので、入会された方にはまずは自分で着物を着て袴も穿けるよう覚えてもらうそうですが、やはり帯を締める指導は一番の難関だとか★ (;一_一)
 教える方の誰も「腰骨の上に帯を」という説明を聞いているはずなのに、気が付くと…ウエストに巻こうとしているのだそう(!)
 …確かに、ジーパンやスカートの着付けはウエストでするものだから、それが常識になってしまっているのか、腰骨の上で帯を締めるという「ジャパニーズ文化」の方には…いま一つ共感を覚えないのかも知れませんが★ (+_+)
 彼女が言うには、中には「後ろ手で、普通のリボン結びを結べない」隊士も、居るのだとか…。 (-_-;)


こちらはウエストに結んだもので、×(ペケ)! だめな例です

腰骨の上に帯を巻く…これが、正しい例です。

●…そういえば、私の過去に話は飛びますが★

 過去、アメリカのボストンで「侍パフォーマンスを独演した経験」があります。
 その折に「帯を自分で結んで、袴を穿くという着付プロセス」も、皆様の前で披露をしたのですが…それがいたく、アメリカの方達には好評でした。 

 …考えてみれば「和服」というのは、一本の棒状のモノ(それが帯であったり、紐であったりするのですが)を器用に結ぶだけで、着れてしまうというシロモノ。
 洋服には、例えばホックがあったり、ジッパーがあったり。
 ベルトなんかを上から締めたりしますが、和服には…そんな必要がないんですよねぇ…。 (゜_゜)
 しかも、紐の巻き方一つで、着崩れだって防いじゃって(!)ます。
 パフォーマンスを終えて、「和服文化ってのは、紐文化なのだなぁ…」と思うに至り、妙に感慨深かったり、ちょこっと(金具なんかなくったって、大丈夫なんだぜぃっ!…という感じで)嬉しくも思っていた…私ですが★
 そ…、それが今回、初めて暗礁に乗り上げた…っ。
 日本の紐文化ってのは、ぜんっぜんっ、継承されていないんじゃんっっっ!? (T_T)

●…ちなみに、私…なんですが★

 昭和一桁生まれの母と、明治37年産まれの祖母がタッグを組んで育てたという…もう21世紀には、珍しいタイプの人間です。
 子供の頃は、祖母は着物姿でありましたし。
 も家では…当時でも珍しい方でしたが、着物を着て過ごしていました。

山野家の仏壇

 祖母台所で働く時には、袖はやはり邪魔になるのでもちろん襷掛け、その上に割烹着など着て彼女は、調理作業をしていました。
 そんな家柄だったので、子供の時代から…私も。
 冬には半纏(はんてん)を愛用し、祖父はドテラも着てましたし、特に半纏の紐を自分で結んだりしたものなら
「まーた、タチクソ結びにして、この子はっ!!」
 などと、結い方一つ間違えただけで、メチャクチャに叱られたものでした★ (-_-;)

●…ところで、前回のワークショップのお話に戻ります。

 それまでは、体験者の皆さんには、武道用の帯(黒帯とか、白帯とか)普通の帯の代わりに締めて戴いて、その上に袴を着て戴いていました。
 ところが、ここでも(!)まさかの問題点が、浮上する…っ

武道帯を結んで戴くのに、何・故・か、体験の皆さんはこうやって結んで下さるんですね・・・

 武道帯をこう巻いて、下の紐と一緒に潜らせて結んで欲しいと、体験者の皆様にはお願いをしました。
 でも、どうしても皆さん、潜らして二本を一緒には結んでくれません(!)…写真右・参照★
 この方法を理解して下さらないと、袴も穿けないし、鎧帯も結べないんですけど…。 (^_^;)
 なんで日本は、こんな事になっちゃったんだ~~~っ!?
 叫んでも、叫んでも、もう…こんな世の中になってしまった日本の文化(!)です。
 ましてや「タチクソ結び」という言葉だって、体験者の皆様には死語に等しい…★ (>_<)

●そんな…サムライ体験では、最後に皆さんに試斬を体験して戴きますが。

これが、叱られてしまう「タチクソ結び」…つまり、紐を結ぶと立っちゃうから、こう呼ばれるモノらしい★

 藁を斬らずに、床を叩くメンバーが大体、3人くらいは出没します。 (T_T)
 「使った刀に、刃こぼれは」とか、「体験者の方に、怪我はなくて済んだのか」など、私達は毎回はらはらします…★
 何しろ、刀というモノは…拵えにもよりますが、一振り60万はする高価なシロモノ
 「高価なんだよと、言葉で繰り返せ」ば、「なんだか金、金って言うような気がして、主催している方がイヤになりそう…」とか、思うのですが…。
 皆さんには、「本当に大切に、日本刀を扱って戴きたい」と、心の底から思います。 <(_ _)>

●…さて。サムライが終れば、今度は「ニンジャ体験」が始まります。

 この「ニンジャ」というのは、正式名称を「林流☆侍とニンジャ体術」と申します。
 林邦史朗先生は、さまざまな忍者や侍文化に詳しい方で、先生が色々と教わった…そのまた先生というのも、その世界では皆さん、第一人者と呼ばれている方達ばかりなのですね。 
 もちろん、映画やテレビの撮影で知り合った先生もいるようですが、林先生が自ら、自主的に訪ねて行って教えを乞うた先生も、いらっしゃいます。

こちらが、正しい武道帯の結び方になりますので、ぜひこうやって結んで下さいね♪

 忍者や、正木流総合武術・町方十手術に火縄銃などについては、著書も多数残しておられる名和弓雄先生に師事されておられましたし。
 サムライ体験でして戴いている居合抜刀術については、中村泰三郎先生の手ほどきを林先生は受けています。

 歴史の教科書にもありますが、日本は第二次世界大戦でアメリカに負けてしまい、終戦後すぐに国内には武道禁止令が施行されました。
 文字通り、戦勝国のアメリカから「敗戦国日本人は、あらゆる武道を習得する事を禁止するように」とされた訳ですが(!)
 …そんな時代にも、密かに居合抜刀術の研究を重ねていたのが中村先生で、今もなお試斬の第一人者と言わています。

●さて、またまた時代は江戸時代に戻ります。

林先生が宣材用に撮影した、忍者がサイを持っている写真です

 薩摩藩に滅ぼされた琉球(今の沖縄県)の人々が、廃刀令で武器を奪われ、財産を奪われてしまいました。
 そんな時代に…身を守る為には、徒手空拳で戦うよりも、もっと別に何か(!)近辺にある物を武器として使用した方が有利である!
 …と、そんな発想から生まれたのが、琉球古武術です。
 扱われる武器には、六尺棒とか(琉球では、棍術と申しますが)、他に釵(サイ)や二丁鎌、トンファー、スルジン(鎖のようなモノ)、ティンベーに鉄甲。
 ほかに、ブルース・リーで有名なヌンチャクがありますが、その武術を林先生が受け継いだのは、明治政府の一員であった井上馨氏の孫にあたるという、井上元勝先生です。

●また合気道については、警視庁などに指導に行っておられた、養心館の塩田剛三先生。 

 薩摩示現流(もちろん、東郷示現流と薬丸自顕流の二派)は、自ら九州まで出向いて、手ほどきを受けています。
 甲源一刀流は、青梅の阿部雅司先生に師事。
 また柳生新陰流については、奈良県の正木坂道場で、全国から集う剣道範士の方々に指導をしていたという大坪指方先生から。

 そして、日本で一番古い流派と言われている「天真正伝香取神道流」は、杉野嘉男先生に。
 杉野先生は日本武術の最長老と言われた方で、かの有名な黒澤明監督作品「七人の侍」で武術指導をされた方です。
 その後、日本のあらゆる武道を研究したので今度は、中国拳法の方も深く研究をしてみようと、林先生は思い立ちました。
 …で、中国拳法については、その道では第一人者と言われている長尾豊喜先生に、師事をしておられます。

●そういえば、江戸時代の中期頃には…訳の判らない剣術の流派が、700以上もあったと言いますが。 (^_^;)

 林先生が教えを受けた方々は、前記のような…そうそうたるメンバーです。
 そういった方々から直(じか)に教えを請い、しかも自ら年月掛けて研究をして練り上げられたのが「林流・侍とニンジャ体術」です。 
自分が色々教わり研究した事を、次の時代の人達に伝えてほしい
 それが…林先生の願いです。 (^_^)/

これは、侍とニンジャ体術のほんの一部

 さて、そんな訳で「林流☆ 侍とニンジャ体術」と命名された、この体術ですが★
 私的には、この「林流」は…言ってみれば究極の護身術なんだろうなぁ、と思っております。
 何故って例えば、手首を回すだけで、力の弱い子供でも大の大人を制する事が出来ちゃいますし。
 「相手の勢いを利用して、苦もなく転がしちゃう技」なんてのもありますから、なにか、どこか不思議っぽい ☆  (^。^)y -.。o○
 いかにも、忍者とかがやってそう(!)とか、らしい(!)といった技も、一杯あるんです。 

●さて、こちらの体験ワークショップではまず、「ニンジャの呪文」を林先生から教わる事から始まります。

 …そういえば、「孔雀王」という漫画で、主人公の孔雀さんも唱えてました。
 また「ドラマ版・スケ番刑事」とかでも使われていた、割とポピュラーな呪文です。
 「臨兵闘者皆陣烈在前(リン・ピョウ・トウ・シャ・カイ・ジン・レツ・ザイ・ゼン)」
 これは、密教の呪文だそうです。
 古くは戦場に向かう折、侍が士気を高める為と、一種の破魔の呪文として使用したと文献にはあるとか★

これが孔雀王、映画にもなりました★

 もとが密教なもので、ここで使われている漢字は、全て当て字。 
 音に意味はあっても、漢字の意味とは関係はないのだそうです。
 ついでに一音ずつ、指で印を組んでいくのですが、これが体験者の皆さんにとっては、むずかしいっ! (^_^;)
「指が堅くて、そんな組み方は、出来ませ~んっっっ」
 といった、悲鳴もよく聞かれます。 (+_+)

 この「印を結ぶという行為」も、印には勿論、意味もありますが…林先生曰く。
は、第2の脳と言われています。
 こうして指を難しく結ぶ事で、脳のあちこちが未発達な部分が活性化しますから、自然、体にも良いのです」 

武術の構えでカラダも心も整える「立禅」

 印を結ぶ破魔のタイプと、印を結ばないでも出来るタイプもあり、こちらの方が体験者の皆様方には好評のようです♡
 このワークショップでは、体術だけではなく、こうして印を結んでみたり、お金を掛けなくても、何処でも行える健康法を教えてもらったりといったモノになります。
 普段の生活では、絶対にお目にかかれない技が、目白押しですっ!
 そして、職場の皆さんや、お友達や恋人にも、教えてあげて下さいね♡  (^_^)v

山野亜紀エッセイ・目次は、こちら!

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