エッセイ集

第5話 配慮が足りない!(日本刀の斬れ味)~5月(2003年)

 こんにちは、山野亜紀です。
 ・・・さて前回に引き続きまして、仙人のお話です。
 さて、この仙人という御仁なんですが、東青梅で武道具屋を経営する傍ら、「錬心館」という剣道場を持っておられます。

仙人も、もちろん会員だった林先生率いる、全日本刀道連盟の稽古風景です。・・・この連盟は、林先生が友人の故・中澤敏先生と2人で立ちあげた「刀を愛する親睦団体」でした。

 実は一時期、この道場。
 通って来る子供達の数が減少してしまい、もうとうとう最後の4人になってしまった頃があり・・・仙人は正直、一度は閉場を考えられたんだそうです。
 それでも子供達の、強い願いがあって。 
 それまでは毎年行なわれていたという錬心館主宰の剣道大会もようやく、今年になって本当に・・・久し振りに開催される事となったのです。

 ・・・そこに招かれた、林先生。
 真剣刀法の奥伝の型(初伝、中伝、奥伝とある)を説明して、実際に真剣で斬って見せて欲しいと、仙人に頼まれたそうなんです。
 先日(5月10日)日野市で行なわれた「新選組祭り」でも、同じ事をやって見せたのだと、林先生は言います。

林先生率いる連盟が、毎年演武をしていたという・・・日野の新選組まつり

 さて2003年の5月の母の日は、朝からわりと良いお天気でした。
 会場では開始に伴い、諸々の注意の他に、まずは主催者である仙人のお話が。
 ・・・それから、甲源一刀流の組手25本の内、15本の紹介もあって、いよいよ林先生の真剣での試斬の披露となりました。

 さて、真剣刀法の型なんですが、これはそれぞれ、四方に敵が居ると想定して林先生が試斬を含めて創作された稽古方法です。
 ・・・私こと山野亜紀は、他の3名のメンバーと一緒になって敵に扮して、斬られ役を演じました。  (^_^)/
 
さてその後に、林先生が実際に巻き藁を、いま説明をした通りの型で斬りまして・・・その後にいよいよ、剣道大会が始まりました。

●演武が終ってしまえば、私達の仕事も終りです。
 ・・・そこで仙人が、食事の席を用意して下さいました。

 ところで今回は、会場で甲源一刀流を披露したのは仙人ではなくて、仙人のお弟子さんでした。
 食事の間の・・・色々なお話の中で、仙人は弟子の一人を指し示して、こんなお話をして下さいました。

 先日、機会があって仙人は、そのお弟子さんに試斬を披露させたのだそうです。
 ・・・その試斬とは、真剣刀法の大会でよくやる方法です。
 一本巻と半巻を合せて二本、試斬台を横一列に揃えて付けて、並べます。
 これを外側から一本ずつ斬ってみたり。
 または思い切って、一度に二本まとめて斬ったり。(写真下・参照)

2本立てている内、右側一本だけを斬る!

 一本だけを切る場合には、二本を並べて一本だけを斬った所で刀を止めます
 真剣刀法の初伝の型で求められるテクニックなのですが、袈裟斬りを下まで斬り下ろさないで、頭から肩口にかけてか、首から胸までで止めるテクニックなんです。

 袈裟斬りなら、初めて試斬を体験する方でも、斬れます。
 でも、この止めるというテクニックはなかなか、おいそれとはいきません
 ・・・さて、このお弟子さんに与えられた手というのは、片手抜打ちで「左側にある半巻を斬って止め」、その後に一気に「右から左へと二本同時に斬り下ろす」という手であったそうです。

 ところで、一口にとは言いますが、物により、その斬れ味は様々です。
 斬れ過ぎる刀なんて、・・・それだけで魔物だと、仙人は言います。
 刀はただ斬れればいい物ではなくって、上品な物でなくてはいけない。

 ・・・たとえば、小説等には良く出て来ますよね?「妖刀」って。
 持っていると、人を斬ってみたくなるような・・・。
 そのような剣は、仙人に言わせれば邪道なのだそう。

 勿論刀が、良く斬れるのは大事な事ですが、それだけではなくって、品が良い剣でなくてはいけない。
 ・・・品の良い剣は、人を斬りたいなんて思わせない。
 各々が、そんな刀を持って稽古をしなくてはいけないのだ・・・と。 

 仙人は愛用の刀を、試斬披露の当日にお弟子さんに貸し与えたのだそうです。
 ・・・もとろんその刀は、仙人自慢の上品な拵えで、とても良く斬れる刀です。
 これは良く斬れる刀だから、人前でも失敗はないだろう・・・と。
 そんな仙人の、弟子を思う気持ちからの行為でした。

刀の許可証

 ところでには、「許可証」という物があります。
 法律では、刀は「持ち主のみが使用出来る」と定められています。
 ・・・ですが稽古場では、初めはみんな林先生の許しを得て、先生の刀をお借りして(刀は高価ですから★)稽古をしています。

 この仙人のお弟子さんは、マイ・刀(稽古場語禄で、自分の物と言う意味で、マイ・木刀なども呼ぶ)を持っていつも稽古をされていたそうですが、・・・師匠の好意です。
 喜んでお借りしたそうです。

 ・・・ですが、この仙人刀は、お弟子さんのマイ・刀よりもはるかに・・・斬れ味の方が良過ぎました
 言うなれば、いつもは切れない包丁で料理をしている人がある日、研いだばかりの、力を入れなくても切れてしまう包丁に巡り合ったようなものです。
 ・・・良く斬れる刀は、テクニックが無くても斬れるんです(!)
 お弟子さんはいつものように片手抜打ちをして、二本一遍に袈裟斬りしましたが、・・・いつものように力をコントロールして斬っていたのですが、今回は刀の斬れ味が余りにも(!)違います。
 スパッと。
 ・・・袈裟斬りの後の刀の勢いで、左膝までスッと、ついでに斬って(!)しまいました。

こんな勢いで、左足を斬ってしまったという事故でした。

 それでも人前での事だったので、緊張も手伝ってか、さほど痛いとも思わず。
 ・・・退場して初めて、膝に血が滲んでいるのに気が付いたのだそうで、なんと(!)8針とか、縫ったんだそうです。

 ・・・仙人は、仰いました。
 いつも自分が使っている刀でだったなら、もしかしたら怪我は無かったかも知れない。
 よく稽古で、自分の刀を持って勉強しなさいとは言うけれど、それはとても大事な事なんだ・・・。

 勿論今回は、右から左へと斬り降ろした後の刀の始末が、自分の膝より左の方へと(上記の写真のように)抜けていれば・・・。
 そのテクニックが、充分に弟子の身に付いていたなら防げました。
 ・・・でも、この真剣の斬れ味の差。
 それ一つで、これ程にも変るものなのです・・・
「俺の配慮が、足らなかった・・・」
 そう仰る仙人ですが、甲源一刀流もそうですが、剣道を始めて今年で60周年を迎えられたそうです。
 ・・・その仙人がニコニコとまた、朗らかに言ったものです。
「俺はこの時、勉強した」
 ・・・仙人の年になっても、勉強したと言える人生って。 
 本当に、素敵だと・・・私は思いました。
 ・・・仙人の現世(うつしよ)のお名前は、阿部雅司先生と仰います。

写真手前左が林先生で、となりの白いお髭の方が仙人で、後ろの女性はもちろん私です★ …仙人は惜しまれながら、2008年に他界されました。あの世でも元気に「とぉーーっ!」とやってるのかも♡

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